2017年01月31日



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神護寺を再興した僧、文覚の本を読みました。なkなか激しい人だったようです。後白河法皇に荘園の寄進を頼みに行ってあかんと言われて怒りにまかせて罵詈雑言を浴びせて、伊豆に配流になります。ところがそこで源頼朝と知り合うから人生何が幸いするかわかりません。打倒平家を目指す後白河と頼朝の間でいろいろと働きます。頼朝をパトロンにして神護寺や東寺、高野山などの修復に尽力しました。もともとが北面の武士で口が悪かったようで佐渡にも流され、最後は対馬に流される途中で鎮西で死んだとされています。
人の奥さんに横恋慕して旦那と間違ってその人を殺したので出家したというのは平家物語の脚色だそうです。
話としては面白いですね。私が住んでいる宇津郷は源氏の所領だったのが平家の荘園になり、文覚が後白河に頼んで神護寺領になったようです。もっとも頼朝が馬から落ちて死んでから(武士としてはかっこ悪い死に方ですね。しかも止まっている馬からですから)後ろ盾を失って朝廷や公家さんの荘園になったようです。
平安末期から鎌倉初期の動乱の時代に似合う人ですね。


(17:50)

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