2019年01月17日



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 昨夜の月です。24年前の夜はどんな月だったんでしょう。あの日、揺れで目が覚めました。震度4~5だったと思います。大阪の実家に電話をしました。酒の小売り業だったので酒瓶が落ちてえらい事になってるんじゃないかと心配 でした。母親が出て「どうもないで」とのんきな声で答えました。まあ大したこと無いんかなとテレビのニュースを観ると神戸が震源地で震度6と出ていました。現場の画像も出ませんでした。それ以上のニュースも出ませんでした。朝も早かったのでもう一度寝て8時前に起きました。テレビを点けると高架の道路が倒れています。カルフォルニアで大地震でもあったのかなとよく見るとなんか見覚えあるなあと・・何度も通った事のある阪神高速神戸線でした。すぐに神戸や伊丹の友人知人に電話しましたが全く通じません。三週間程立ったある日、震災で体調を崩された大学の教授の御見舞いでポートアイランドの市民病院まで同級生と行きました。阪急神戸線が西宮北口までは動いていました。北口に近づくにつれてブルーシートを掛けた家が増えていきました。そこからはバスで三宮駅前まで3時間位かかりました。三宮駅前の傾いたり、倒壊したビルを見ながら歩きました。道路も傾いてデコボコです。ポートアイランドまでもバスです。あちこち液状化現象が起こっていました。帰りも北口まで4時間程かかったと思います。大阪まで帰ると着飾った女性やスーツ姿の男性が行きかっています。三宮との落差に何とも言えない気持ちのなったのを覚えています。その後も解体する家からピアノを出したり写真屋さんの仮店舗を作りにいったり何回か行きました。まあ日本に住んでいる以上天災は避けて通れません。寺田虎彦先生もおっしゃっています。「天災は忘れたころにやってくる」 日頃から備えたいものです。(なかなか出来ませんが‥)

(15:27)

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