文学

2017年11月29日


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 シンパサイザーとは同調者という意味です。ヴェトナム戦争とその戦後が舞台の小説です。物語はサイゴン陥落(1975年)直前のサイゴン(今はホーチミンです。)から始まります。主人公の独白形式です。彼は南ヴェトナム軍の秘密警察のトップ(将軍と呼ばれています。)の側近です。が実は北ヴェトナムのスパイです。サイゴン から米軍機の輸送機で命からがら脱出してアメリカに難民として渡ります。将軍は骨の髄まで反共主義者で、私設軍隊を作って南ヴェトナム反攻を目論んでいます。まあストーリーはこれくらいにしておきます。ただのスパイ小説かと読み出しましたが、イデオロギーとか自由とか平等についても考えさせられる小説でした。若い頃、新聞の見出しに北爆とかテト攻勢とか見た事があったのでそれなりに面白く読めました。筆者はヴェトナム系アメリカ人で在米ヴェトナム人の視点が感じられて新鮮でした。それにしてもサイゴン陥落から43年、時の経つのは早いです。

(17:15)

2017年02月15日



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白洲正子さんの遊鬼を読みました。ずいぶんと昔に十一面観音の本を読んだような記憶があるんですが
内容はきれいさっぱり忘れました。この遊鬼もなんとなく手に取って読んだ本です。読み出すと案外と面白かったです。冷泉家の話は面白かったですね。お父さんが白蓮さん(少し前の朝ドラで九州の炭鉱王の妻でありながら若い男と駆け落ちした人です)の駆け落ちの後始末の話のために訪問するのに同行した顛末です。書生に「地下人が参りました」と取り次がれる件には笑いました。そりゃ平安時代から続くお公家さんで藤原定家の末裔にしたら薩摩藩士がにわか華族になった連中なんてハナクソみたいなもんでしょう。
あと安珍清姫と龍神温泉の話もよかったです。その中に明恵上人の逸話が出てきます。女性にものすごくもてたけれど生涯不犯であったと。不犯はそうだったようですがもてたかどうかはどうだったんでしょうね。(妻帯した親鸞を痛烈に批判しています)我こそは明恵さんと…と思った女性が多かったのかもしれません。明恵さんはこの前に読んだ文覚の一応弟子にあたるので余計興味深かったです。あとは骨董の話とかいろんな工芸作家の話とか面白く読みました。白州さんの文章ははさっぱりしてべたべたしていないので好感が持てました。
他の本も読んでみたくなりました。



(02:28)

2017年02月10日


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立松和平さんの道元を読んでいます。たまたま、立松さんと宗教学者の山折さんの対談本(親鸞と道元)を読んで面白そうだなと思って読み出しました。ずいぶん前に正法眼蔵を読みかけたんですが挫折したことがあったんで違う方向からいってみることにしました。けっこう分厚い文庫本で3巻あります。上を読みました。
生い立ちから出家して修行に励むあたりまで読みました。。道元さんのお母さんが文覚に帰依していたので
文覚さんも登場します。ちょうど文覚さんの本を読んだばかりだったので面白かったです。立松和平さんの小説は初めて読んだんですが、文章はいまいちですね。まあ中、下と読み進めます。


(23:47)

2016年10月29日


無題

歎異抄を読みました。親鸞さんは五木寛之さんの新聞小説で読んでその後単行本でも読んだんですが、いまいち教義がわからないところがありました。たまたま、五木さんと立松和平さんの対談集「親鸞と道元」を読んで一度読んでみるかと思い立ちました。元々、無神論者で神さんも仏さんもまったく信仰していません。ただ、何かの本で神様は人間が作ったものという一節があってうまいこと言うなあと感心したことがありました。人間は弱いもので何かよりどころが必要なんでしょう。インド発祥の仏教も中国、日本と伝わってそれこそ夥しい人があーでもないこーでもないと理屈をこねまわして今の形になったと思います。ある意味、空理空論の極北です。(信仰されている方、すみません。)歎異抄読んでで思ったのは、南無阿弥陀仏は鎌倉時代の庶民には画期的にうれしい言葉だったんだなあということですね。財産がなくても教養が無くても修行しなくても何と悪行の限りを尽くしても南無阿弥陀仏と唱えれば阿弥陀さんが迎えに来てくれて極楽往生出来るんですから、こんなありがたいものはありません。飢饉や地震、戦乱など乱れた世の中でどうしたものかと右往左往していた庶民に熱狂的に受け入れられるのは当たり前です。死んだ後のことなんて誰にも分りません。 それでも六道から抜け出して極楽往生したいという思いがあったのはやはり生きていくのが大変だった裏返しかもしれません。そのころの人に会って聞いてみたいですね。親鸞さんのようにとことん阿弥陀さんにすがれたらいいなあとは思いますが、正確がわるいのかひねくれているのか私には出来ません。皮肉でも何でも無く宗教をお持ちの方がうらやましいです。


(02:48)

2016年10月23日

 
無題

鴨長明の方丈記を読みました。恥ずかしながら初めてです。冒頭の行く川の云々の部分はもちろん知っていましたが全部は初めて読みました。日本の古典は高校の授業が面白くなくて嫌いになりましたね。その後、ずーっと興味も無かったんですが最近歴史が好きになってきました。その関連で平家物語(抜粋です)を読んだのが古典文学も面白いなあと興味が出てきたきっかけですね。さて方丈記ですが、作者の長明さん、下賀茂神社の禰宜さんになり損ねてしまいました。歌人として名を上げ宮中にも出入りして頼朝の歌の先生になろうと鎌倉まで行くんですがこれもダメでした。後鳥羽院の後押しで河合社の禰宜さんにという話もうまくいかず50歳で出家してしまいます。大原や日野(京都市の南東部、醍醐寺の少し南の今でも田舎です。)に方丈(今の尺貫法なら1丈は3,03メートルです。)の小屋に住まいながら書いたのが方丈記です。京都の地震や大火、飢饉などなかなかリアルな描写です。山に住むのがせいせいして気持ちがよいとか本当は出世し損ねてやせ我慢で書いている感じもしましたね。今は徒然草を読んでいます。


(15:28)

2016年08月29日



無題

谷崎潤一郎の細雪(上)を青空文庫で読みました。恥ずかしながら未読でした。それにしてもいい時代になりましたね。ただで文豪の名作が読めるとは。本屋さんがなくなっていくはずですね。
青空文庫では以前から安吾とか読んでいました。そのときの不満は横書きで日本の小説を実際の本で読むのとは雰囲気が無いというかちょっとちがうなあと感じていました。ところが久しぶりに青空文庫をのぞくとなんと縦書きでご丁寧にページをめくるスタイルになっているではありませんか。早速細雪を読みだして結構実際の本を読んでいる雰囲気で以前の横書きの違和感がずいぶんとなくなりました。ただ本を手にした感触、紙の手触り匂いはありません。今や電車で新聞を読んでいる私のような人間は絶滅危惧種ですからいずれ小説もPCやスマホで読むのが当たり前になるんでしょう。閑話休題、細雪ですが私は大阪生まれなので舞台になっている芦屋、神戸、船場などよくわかるので戦前の話ですがなかなか面白く読めました。没落した船場の商家の四姉妹の話ですが婚期の遅れた三女の雪子さんのお見合いの顛末が話の中心です。谷崎は細雪を発表したんですが太平洋戦争中で時局にふさわしくないと発禁になってしまいます。私家版も発禁になってしまいますが執筆を続け、戦後に発表しています。谷崎なりの反戦の意思表示でしょう。まだ、中、下編が文庫に入っていないので続きをすぐ読めませんが
気長に待ちます。古い作家の小説など読みたくなったら青空文庫でどうぞ。

(13:43)

2016年08月11日


新古今和歌集の中の夕暮れを読んだ歌、ベスト3、最後は寂蓮さんです。
さみしさは その色としも なかりけり 槙たつ山の 秋の夕暮れ
なにか平凡ですね。やはり定家さんの歌の花も紅葉の色彩感と浦の苫屋のモノトーンの比喩がすばらしいです
ね。

無題

詠むのは出来ないけど和歌の世界も面白いですね。

(16:17)

2016年08月02日


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三夕の和歌の二人目は西行さんです。

こころなき 身にもあわれは 知りにけり 鴫立つ沢の 秋の夕暮れ

西行さんの歌はなにか気障な感じがするんです。
ねがわくば 花の下にて はる死なん このきさらきの 望月のころ
気障ですね。

三夕の歌心なき身の人が和歌なんぞ詠まんやろとつっこみたくなります。
あわれは知りにけりもあまり好きな言い回しではありません。
まあ、和歌なんて対して知らない不調法な男の戯言とお許しください。

(21:08)