歴史

2017年01月31日



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神護寺を再興した僧、文覚の本を読みました。なkなか激しい人だったようです。後白河法皇に荘園の寄進を頼みに行ってあかんと言われて怒りにまかせて罵詈雑言を浴びせて、伊豆に配流になります。ところがそこで源頼朝と知り合うから人生何が幸いするかわかりません。打倒平家を目指す後白河と頼朝の間でいろいろと働きます。頼朝をパトロンにして神護寺や東寺、高野山などの修復に尽力しました。もともとが北面の武士で口が悪かったようで佐渡にも流され、最後は対馬に流される途中で鎮西で死んだとされています。
人の奥さんに横恋慕して旦那と間違ってその人を殺したので出家したというのは平家物語の脚色だそうです。
話としては面白いですね。私が住んでいる宇津郷は源氏の所領だったのが平家の荘園になり、文覚が後白河に頼んで神護寺領になったようです。もっとも頼朝が馬から落ちて死んでから(武士としてはかっこ悪い死に方ですね。しかも止まっている馬からですから)後ろ盾を失って朝廷や公家さんの荘園になったようです。
平安末期から鎌倉初期の動乱の時代に似合う人ですね。


(17:50)

2016年08月10日


ボストン在住の友人からメールが来ました。なんでもポーツマスに遊びに行ったそうです。
ポーツマスといえば「ポーツマスの旗」という吉村昭さんの小説を思い出します。日露戦争の講和会議の特命全権大使、小村寿太郎がロシアの全権大使と講和条件をめぐって悪戦苦闘してなんとか話しをまとめるという話しです。当時の日本とロシアは国力が圧倒的に違い、日本は勝ってはいたんですが、兵力も弾薬も国家予算も底をつきかけていました。ただ政府はその事実を国民には隠していたので世論は領土や賠償金を沢山もらえると考えていました。何しろ戦費19億、戦死者9万人の犠牲を払っていますから。結局、講和条件は賠償金無し、領土の割譲もわずかなものでした。ただ、満州、朝鮮からのロシアの撤兵、中国東部のロシア領の租借、南満州鉄道の譲渡など実利も多かったんですが・・・日本の世論はその結末に激怒して小村を国賊あつかいで日比谷公園での抗議集会が暴徒化し日比谷焼き討ち事件がおこりました。
まあそんな会議がおこなわれた港町ですが100年ほど前の事をアメリカの人はしってるんですかね。
 

無題


日本の外交団の止まったホテルだそうです。友人はここでトイレに行ったそうです。(笑)
なかなか立派なホテルですね。このおじさんは関係ありません。

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友人はシーフードと地ビールを楽しんだらしいです。一度、行きたい所です。
半藤一利さんの「日露戦争」が読みやすくわかりやすくお勧めです。もちろん吉村昭さんの「ポーツマスの旗」も
小説仕立てで読みやすいですよ。

(15:29)